橋本 一【監督】
1968年1月17日生まれ、新潟県出身。90年東映入社後、97年テレビ「御宿かわせみ」で監督デビュー。映画「新仁義なき戦い 謀殺」(02)・「極道の妻たち 情炎」(05)、テレビ「あかね空」(03・テレビ愛知 芸術祭優秀賞受賞)・「白虎隊」(07)で高い評価を得、劇場映画三作目にして、東映正月映画のメガホンをとるという大役に挑む。
鈴木:年末のお忙しい時期に取材を受けていただきありがとうございます。
私もこの作品にはエキストラで登場させていただきました。どきどきしながら見てましたがバッチリ写っておりました(笑)
その際に撮影の小道具なども見せていただいたわけですが、今回の映画ではかなり規模の大きなミニチュアが用意されていたようですね?
監督:そうですね、天守閣だけでも相当大きなミニチュアを用意しています。過去最大規模じゃないかな。
鈴木:後ほど、そのようなこだわりの部分もお聞きしていきたいと思っています。
早速ですが、今回の「茶々 天涯の貴妃(おんな)」で監督のお気に入りのシーンはどのあたりですか?
監督:ラストになりますが、「全員が揃う」シーンです。
鈴木:なるほど、あのシーンは思わずホロリと来ました。中身は見てのお楽しみですが、人は死ぬ時何を思い浮かべるか、いわゆる走馬灯とでもいいましょうか。茶々の場合はあれが全てだったんだなと思います。
監督:戦国モノははじめて撮ったんですが、今まで多くの作品を見てきました。正月になると必ず歴史モノの撮影が東映京都撮影所でやってて、僕がやるからには時代劇ではない戦国モノを創りたいなあと思ってて、今回映画で撮らせていただきました。
あの時代ってすごい時代じゃないですか?
農民がとても力を持っていた時代、女がモノ扱いされている時代。
そんな非力な女が「子供をつくる=世継ぎを得る」という事において重宝される時代。
茶々ってそういう時代に生まれながら、自分の生き方を通した女だと思うんです。
鈴木:なるほど、女性の扱いというのが非情な時代がこの日本にもあったということですね。
監督:そう、現代からは想像もつかないような時代が戦国時代だったわけで、本当にこんなことがあったんだよという事を当たり前のように表現してみたかった。
織田信長の横に黒人を置いてみたり、宣教師を登場させたり、自然に戦国を絵の中に組み入れてみたらどうだと、その方が異常な世界というのを理解してもらえると思ったんです。
鈴木:ヤスケ(信長に仕えたといわれる黒人)の登場はファンとしても驚きました。そういえば何の説明もなしに見てましたね(笑)
それから、大坂の陣というと関ヶ原に比べて知名度が低いと思うのですが・・・?
監督:最初の台本では石田三成の説明や豊臣秀吉の腰巾着として描かれるはずだったんですが、いろいろな都合で外しました。今、巷では若い人に人気の武将だとか?
鈴木:うちの人気ランキングでは5本の指に入る武将ですね(笑)
監督:大坂の陣のストーリーも茶々中心に分かりやすくリメイクしています。映画の中では大坂城は茶々のために建てた城という設定で描かれています。
鈴木:戦国時代に生きた女性で名前が残っている女性というと本当に少なくて、茶々はやはり大坂城というイメージがうまく表現できていたと思いますよ。
監督:城の崩壊というのも今までの映画ではなかったのではないでしょうか?あれだけ大きなものを破壊してというのはたぶんないはず、セットもかなり大掛かりなセットを展開しています。
鈴木:秀吉の建てた大坂城、最後の落城は茶々の人生とすごくリンクしていましたね。
今回の映画は女性の視点から見た戦国というのを中心に撮られていますが、何か苦労された点はありますか?
監督:女は戦わない人たちなんで、自分たちの力ではなんともできない。だから余計に戦いの非情さが伝わりやすい。女の価値は「血」だったとともいえるわけでとりわけ全シーンを通じて演出をしています。答えは描かないけど、男たちは血を流しながら戦い、女はその血を守るために生きている。戦闘シーンでは血を出すという演出にはこだわっています。
鈴木:すごく残酷なシーンが多い反面、女性の視点だからこそ、それを見守るしかない女性の儚さが伝わってきますね。
鈴木:冒頭いきなり大坂の町が火の海になるっていうシーンから始まったのが度肝を抜かれましたが、今回の撮影では特撮やCGはかなり使われたんでしょうか?
監督:今回CGはほとんど使わずに撮っています。なるべく本物にこだわりたかったし、「あそこに見える城を見てください」という指示でも本物の城を見る役者さんの目と、見るふりをする目では相当違った表情がでます。だから今回作った映画を他で撮ったとしても絶対に同じものは創れない。東映の技術スタッフが精魂込めて作ったホンモノのセットがリアル感を引き出しているからです。
鈴木:今回は伏見桃山城を改築したり、巨大な城のセットを爆破したりものすごい気合の入った撮影をされていましたよね?
監督:あれもCGでできちゃうんだけど、僕たちの発想の域を超えないわけで、こと落城にいたっては一発勝負のライブ撮影が必要だった。特殊効果でいうと最期のシーンの天井が焼け落ちてくるシーンなんかは本当にギリギリのラインで天井を落としてた。足元数十センチのところに線を引いてここまで焼けた天井を落としますって役者さんに説明するんですよ、これはもう担当者が長年やってないと言い切れないレベルで、僕たちもそれを信じるしかない。絶対大丈夫ですといいながらハラハラしてました。
鈴木:あの落城シーンの距離感は本物だったわけですね!
監督:役者さんにとっては本当に怖かったと思いますが、その表情はしっかりと画面を通じて伝わったと思っています。
鈴木:失敗談とか苦労話ってありますか?
監督:今回は失敗すると終わりのシーンがありましたけど、和央ようかさんは女性役が初めてで苦労されたのではないでしょうか?でもカッコいいシーンもあって、たとえば襟を正すシーンなんかは男性のしぐさだったんですが、茶々ってこんな感じだよねということでOKになった(笑)
鈴木:なるほど、大阪城に作った150mのレッドカーペットを歩くというプレミアムイベントでも女性的に歩くのが大変だったっておっしゃってましたよね。
ライブを重視したというだけあって、失敗すれば終わり、緊張感が伝わってきました。
鈴木:少し難しい質問を。
今、なぜ戦国時代なんでしょうか?
監督:戦国の楽しみ方っていろいろあるけど、今回は過去の日本にこういう時代があったというところに結び付けてみていただくファンタジーであると考えています。
『ロード・オブ・ザ・リング』とかでもそうですが、絶対に無い世界なんだけど、昔はこうだったのかもしれないというのがあるから楽しい。今回の茶々だけを見ると史実的にはおかしいんだけど、茶々を通じてこんなめちゃくちゃな時代があったんだよというのが伝わればいいと思ってます。
鈴木:漫画の世界も同じで、戦国武将をどれだけ身近に感じられるかどうかというのがポイントなんだと思います。真壁太陽さんの絵の伊達政宗でいうと陣羽織や刀などは政宗が着用されていたものを使いつつ、老若男女問わず支持される政宗を見事に描ききっています。現代社会では映画やゲームなど優れた映像が多いなか、日本の襖絵で見た絵では若い人はもう英雄と思えなくなってきています。そういう人もカッコいいと思いつつ、大人でもこれはイイと思える絵に仕上げるというのが重要で、大変なクリエーションなんです。
監督:信長のイメージってファンタジーの方がいいんです。多少飛びすぎの方がスケールにあっている。今回の映画も、まるっきりでたらめではなくヤスケがいたわけだし、茶々の鎧も見たことは無いけど、当時あった女武者鎧と信長の西洋鎧などを考証してつくっている。
鈴木:大坂攻めの大砲もいい感じを出してましたね。当時堺で生産された芝辻砲は城攻めで城方の大砲を凌駕していました。
監督:大坂城を女方の象徴として描く反面、攻め側は男方ということで大砲=男の(性の)象徴としても描いてます。戦いのシーンというと今回は控えめに描いてましたが、なるべくCGは使わずにライブで表現してます。
鈴木:幸村の登場はファンにとっても満足いく内容であったかと思います。
監督:幸村のキャスティングは最後まで悩みました。老将か若武者か・・・
鈴木:当時幸村は四十九歳、歯抜け落ち頭禿げ上がりという状況ですからね。ただ、ファンとしてはそんな幸村よりもやはり若い幸村を見たいと思うんじゃないでしょうか。
監督:どっちかで行こうということになって、若い特攻隊というイメージで行きました。後藤又兵衛もそうですね。映画の中では最年少じゃないでしょうか?髭達磨ではなく、若武者で固めました。
鈴木:今回の幸村は本当にカッコいいですね。甲冑のセレクトも正解です。幸村の鎧として伝わっているさび色鎧よりもやっぱり幸村は鹿角の赤備えが正解です。また、後藤又兵衛の壮絶さもすごかったですね。
監督:後藤又兵衛は本当は完全版で見ていただきたいのですが、後藤又兵衛の戦闘シーンはざくざく血が飛び出す、又兵衛は最後の最後まで相手に噛み付いて・・・というような壮絶なシーンでしたが残念ながら映倫にひっかかったので出してません。それでも今回は戦場の息遣いを感じていただきたかったのでそれは表現できたかなと思ってます。
今回の映画ですが、若い方向けだと思われますが決してそうではなくて、試写会を見てると意外と年配の方も来ている。戦国映画って本当に難しくて、本だとベストセラーになるのに映画になると急に難しくなるのはやはり映像化するということだと思うんです。
本より高いお金を払って戦国の想像の世界を見にくる。刀を抜いた、城が燃えているという一行を“どんな仕草で刀を抜いたんだ”“どんな衣裳でどんな刀だ”とか、“城がどんな風に燃えているのか”を映像に出すということは時代考証から配役からかなり気を使わないといけない。時代劇って必ずしらけちゃう部分があって、これって時代が違うとかって思ってみちゃうと、すぐに世界観が壊れてくる。馬百頭をリアルに並べるというのは日本では無理なわけで、じゃあどうすれば伝わるのかと考えることが大切です。戦国を起爆剤にしようと思ったら、”時代劇は年配者の方だけのもの”というイメージをどう払拭するか・・・、このあたりから考えていかないといけないと思います。
監督:誰に向けてと意識するわけでなく、俺が見たいものを撮る。それが今回の映画です。
鈴木:漫画の世界も同じで、数千、数万の軍勢を描き分ける作家がなかなかいない。甲冑の考証や仕草など異常な量の文献を考証して描かないといけない。しかし、リアルを追求しすぎると戦国の魅力が無くなる。数万の大群が戦った戦いでも意外と人が死んでないのは非戦闘員の数が多いということ。しかしそれを映像化すると一部の人が小競り合いをしているような絵になるでしょうね(笑)
みんなが見たいものを見せてもらえるというのは非常に重要だと思います。
監督:今度は逆に少年誌のような男の戦いっていうのを描いてみたいですね。
戦国の不良たちが男気や友情のために戦うみたいな。戦闘シーンもこだわりたいですね。
でも、お金がめちゃくちゃ掛かるんですよね。馬はそこにいるだけですごいお金がかかってくる・・・(笑)でもいつかチャレンジできればと思います。
監督:今若い監督がどんどん世にでている。この東映だけ見てもかなりの監督が作品を撮っています。京都でずっと撮ってきた監督がどんどん表にでている。戦国魂さんのサイトで映像配信用コーナーなどを設けてそこで配信するとかして欲しいですね。
鈴木:東映さんの歴史ってすごいなあと思ったのは、「真田幸村の謀略」という昔の映画の徳川家康の扮装と今回の中村獅童さんの扮装がリンクしてフラッシュバックしましたね。これは東映京都撮影所という歴史が成せる技だなと思いました。
コラボレーションという意味では戦国魂はカプコンさんや伝統工芸、お茶屋さんとのコラボなどをしました。今回の茶々でも広報でお茶犬や信長の野望とのコラボレーションをされたように、うまく戦国魂とコラボができれば楽しいと思います。
それでは、最後になりましたが、監督に一言いただきたいと思います。
監督:では映画のコピーから一節を用いて
「女は負ける戦はしないもの、
男は負けると分かっていても戦うもの」
鈴木:本日はお忙しいところありがとうございました。
皆さん、いかがでしたでしょうか?
戦国は日本のファンタジーであるという点は戦国を映像化する際の重要なファクターであると感じました。今回の対談では映画の内容に触れるものも多く、なるべく割愛させていただいたので、本編は劇場でお楽しみ下さい。ではでは!
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